私の友人や周りはほとんど原発に関わる仕事をしています。

正直、田舎で仕事はほとんどありませんし、東電や東電の
下請けがほとんどです。

生まれた時から共存してきた原発。

みんなの生活を潤してきた原発。

あの頃私たちは、こんなこと想像していなかったのか。
いや、でも少しは想像していたのかもしれないですね。

ただ、こうして今ふるさとに帰れない現状をまだ受け止められない
だけです。

あの日以来、現場で働くみんなが心配で心配でならなかった。

原発から避難して、安全なところへ。
でも、すぐに仕事だと呼ばれて、原発へ戻っていく。

あの頃の劣悪な環境をどれだけのみなさんが知っていただろう。

それでも日本を、私たちを守ろうと一生懸命に闘ってくれている
友人たちを誇りに思います。

彼らは、何も語りません。
どれだけ辛いとか、どれだけ苦しいだとか。

だから私は伝えていきたいと思っています。

今も頑張っている人たちのこと。

寝るところは、雑魚寝から体育館の二段ベッドやプレハブの4畳一間の寮へ食事は非常食やレトルトから昼と夜はお弁当に変わりました。

仕事内容は常に過酷でも、環境が少し良くなっていることを笑顔で伝えてくれました。

彼らは彼らにしか出来ないことを一生懸命、私たちも私たちに出来ることを一生懸命。

みんながふるさとに帰れる日まで。

そう、私たちはふるさとを失ったわけではありません。

今もそこにあるものです。

今は、みんなバラバラの生活ですが、想いは1つ。

そうそう、また海で泳ごうよ。
バーベキューしよう! 学校にも遊びに行きたいね。
みんなで集まろう。

たくさんの強い声があって。

でも、1番強い声はこう言います。

「みんなで必ず帰ろうね。」